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LSC 久し振りの台北旅行

投     稿 (文/構成)大野康昭    :   (写  真)田中靖人、中村一彦 
HP編集 中村一彦

 コロナウイルス感染症の終息新型コロナウイルス明け(2023年5月8日の新型コロナウイルスの感染症法5類に移行)の昨年12月にLSC海外旅行として3泊4日の台湾台北旅行を実施したので、旅行紀として纏めます。過去4年にわたり新型コロナウィルス感染対策により、自粛を強いられてきた海外旅行をLSCとして再開を決めたのは昨年8月でした。行き先は台湾にしたのは会員の希望もありましたが、やはり距離的に近い台湾が観光受け入れを再開していたこと、さらに旧会員だった西田学氏が台北にお住まいになって協力が得られること、さらに多くの会員が複数回の台湾旅行経験があり馴染みがあることなどが原因でした。

LSCの海外旅行として今回は旅行業者のパッケージツアーを利用いたしました。旅行社はHISでした。3泊4日すべて自由行動のものを選び、宿泊とフライトと空港からホテルまでの送迎のみを利用し、台北および台北近郊の観光は私たちで計画し、参加人数が16名と多かったため、台北市近郊の観光は2つのグループに分けました。申し込んだ旅行社の日程は3泊4日で初日は台北桃園空港に3時到着、最終日は桃園空港、朝6時40分の便で帰国となっていました。実質は二日半の自由行動の時間があるだけでした。したがって初日の12月11日はホテル夕方到着後、夕食も含めて夜市見学、12日の日は西田さんの案内で市内観光、夜全員で宴会を兼ねた夕食、13日の日は台北郊外観光でグループを二つに分け1つが十份天燈上げと平渓線の旅、2つ目は淡水と北投温泉観光として各自好きなほうを選択してもらうことになりました。

以下写真を中心に参加者皆さんの様子を中心に纏め、後参加者の感想などを報告し今後のLSC海外旅行企画に生かしていきたいと思います。

成田空港、搭乗直前の参加者の笑顔

12月11日出発のフライト便は、成田発11時45分のスクートTR899,集合時間は第一ターミナル南ウィング4階のチェックインカウンター、朝早いのでなかなか大変でした。鹿児島から2名の参加がありましたので、お二人は前日に東京でお泊りになっての出発でしたので更に大変だったでしょう。全員無事集合され出国手続きを済ませました。

 往復とも SCOOT に搭乗

行機は満席で少し遅れて飛び立ち、台湾時間午後3時ごろ桃園空港に到着いたしました。

桃園空港で入国手続き。これでいいのか?
ガイドさんから台北紹介受けながら、ホテルに向かう
中山北路のホテル(グリーンワールド山水閣)に到着

最初はホテル到着後全員で夜市(寧夏夜市)見学して、そこで夕食も食べる予定でしたが人数が多いので、もう一つべつのグループに分け台北市内で有名な小籠包の店で夕食をとることになりました。夜市のほうは、徒歩でホテルから15分というので徒歩で向いましたが、なかなか見つからず到着までに時間がかかってしまいました。

寧夏夜市の雰囲気屋台、屋台、屋台、人、人、人

市ではではいろいろな屋台がでて地元の人はそこで食べていたが、私たちは通りに面したレストランで夕食となった。

寧夏夜市のレストランで夕食
 
歩き疲れて一休み
団子もイイネ!

もう一方のグループは東門にある小籠包の店(鼎泰豊)での夕食となりました。

12日 西田さんの案内で台北市内見学と夜、全員による晩餐会パーティー。

西田さんの案内で晴光市場に

銀行で両替

全員による晩餐会パーティー

パーティ会場の海鮮料理屋
峯尾さんご夫妻も到着!
宮下リーダーの音頭で乾杯!!

西田さんスピーチ

◆13日 平渓線グループ

十份の天燈上げ
平渓線車中で!
 十份にて、我々も皆の願いを込めて天燈上げ
十分駅
お土産も買ったし!

◆淡水、北投温泉グループ

淡水にて
清国英国領事館
北投温泉地熱谷池
台北に戻り、梅子餐廰にて夕食
14日早朝 帰国のため空港へ ホテル前全員で記念撮影
台湾よサヨウナラ、また来るからね!(朝日を受ける桃園上空より)

参加者感想

最後に箇条書きで、今後の参考のため参加者から得た感想とご意見を記載してLSC台湾旅行の総括とさせていただきます。(大野理事長)
*パック旅行と違いいろいろな場面に出くわし楽しかった
*旅行業者への支払いその他の費用も含め10万円以内で収まったのはよかった
*折角の海外旅行なのでもう少し日程があればよかった
*高齢者が多いので、費用のレベルアップを考えたほうが良い
*フリータイムの旅行は各人がリーダーに頼るのではなく
各人が事前に行き先などを調べて勉強しておく必要がある。
*グループ分けは必要だが、食事コース、観光コースなどアイテムを変えて分けるのもどうか
*淡水グループでは北投温泉が良かった
*台湾の旅楽しかった、また企画してください
以上

                                   

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ミャンマー奮闘記(第2報)

投稿(文、写真) 谷口良雄さん HP編集 中村一彦

谷口さんは昨年4月にミャンマーの日本語学校に招聘され、5月には渡航されました。
第一報は昨年8月に掲載されましたが、今回は第二報です。
内戦状態にあるミャンマーでのご活躍はご苦労があるかと思いますが、日本語教師として、信頼される立場に有り、日本での就職を希望するする生徒さん達の教育に日々専念されています。ミャンマーの現場から奮闘記(2)をお送り致します。

ミャンマーの気候
ミャンマーから日本に行った元学生から「日本はとても寒い」という声を聞きます。ヤンゴンにいる学生も、朝晩は「寒い」と言います。今は乾季で雨はほとんど降らず、昼間は毎日30〜33℃の晴れ間が多いです。陽射しは強くて暑いです。でも朝夕は涼しくて、日本の秋の季節のようです。

昨日は「介護クラス」の卒業イベントが教室で行われました
学生たちが企画して、お金を出して私たちを招待してくれます。
卒業後、多くの人は故郷に帰って、ミャンマー政府の出国許可と、日本政府(入管)からの入国許可を待ちます。しかし、数カ所の故郷では「政情不安」のため、帰ることが出来ないところもあります。
道路が寸断されている。通行禁止になっている等です。
数人の家族は、街全体が内戦状態(国軍と民主派勢力との戦闘)で、住民の全てが避難してしまったとの事です。森の中で、ボランティアの支援(衣類、食料など)を受けてテント生活の家族も居るようです。
今は、自宅がどうなっているのか分からないので、帰宅できないといいます(国軍が占領中かも)
そのため、ヤンゴン市内に友達と部屋をかりたり親戚や友人にお世話になったりします。
お寺に寝泊まりする人や、日本に行くまでの間アルバイトをする人もいます。
日本語学校に限らず、韓国語学校や英語学校には大学や高校をやめた学生がかなりいます。
彼らは、現政権反対の意思表示の一つとして、「不服従運動」に賛同し、大学、大学院、高校を中退した若者は多いようです。
民主派の統計では、大学生の80%が登校拒否(その殆どは自主退学)してるそうです。
そんな政情の中で行われた日本語学校「卒業イベント」ですから、若さの爆発というか秘めたエンルギーがほとばしった会になりました。
あこがれの地、日本!に無事行ける日が来る事を心の中で願うしかありません。

介護クラスの卒業イベント

右、前から三番目に谷口先生がいます。

↓下記の画面をクリックして下さい。動画がみられます。

道路の穴は、もう半年以上補修されないまま。ヤンゴン市内至る所に・・・・
ここを夜バイクや自転車に乗った人はどうなるのでしょう?

朝7時頃、お坊さんに食べ物を差し上げるボランティアの少年達。
彼らは裸足が多い。
殆どの人は普段サンダル履きです。(私も)

比較的治安がいい、ヤンゴンの
ローカルの朝、美しいですね!

学校を卒業して、これから日本に向く日の朝。老人介護施設の介護士、ラーメン屋の店、、室内デコレーション などの仕事で。

今も、ミャンマー各地で 国軍と、それに反対する少数民族の武装組織(大学中退者が多く加入している、とされている)が衝突を繰り返す地域(✖️印)。  日本外務省では「渡航しないこと」と警告している地域。。

私が勤める日本語学校には日本に行って、介護士として働くための「介護クラス」があります。そのクラスの学生に作文(何を書くかは自由)を書いてもらいました。日本語学習歴はまだ 半年〜10ヶ月程度なので、内容的に深い文章ではありませんが・・・・・。
ミャンマーの若者らの生の声を知っていただきたいと思い、ここに紹介いたします。

題名………「私の故郷」
私のふるさとは小さくて静かな村です。お祭りがたくさんあります。
たいてい、宗教的なお祭りが多いです。その中でクリスマスが一番楽しいです。昔はクリスマスになると、夜、実家に帰って歌いました。しかし、今は政治によって 歌を唄うことが禁止になりました。
正月にはいろいろなスポーツをします。その中で、サッカーが大好きで楽しいです。お祭りには友だちと集まって、ビールやジュースを飲んだり、いろいろな物を食べます。
村人の多くは農業です。また、女の人の多くはお酒を作っています。
米で作るお酒です。そのお酒は私たちの伝統的なものです。
私の村に住む人たちは親切で、困ったときは手伝ってくれます。
村には山や川があり、川では釣りが出来ます。私たちばかりじゃなく、
ほかの村の人たちも来て釣りをします。村の周りに田んぼがあります。苗を雨季に植えるので村の周辺はもっときれいになります。 (女性 27歳)

題名………「願い」
政治の状況が悪くなって、まもなく3年にります。 ミャンマー国内のどこでも戦争のことを聞きます。私の街にも戦争があります。戦争のせいでたくさんの家が壊され、大勢の人が死にました。多くの人たちは自分の街に住めませんから、ほかの村や町に引っ越しました。私の家族もその中の一つです。
家族は今、田舎に引っ越しして いろいろな苦しみに直面しています。
電気も無いし、インターネットもありません。交通機関はとても悪いです。
私は今、便利なヤンゴン市にいますが、家族に聞きたいです。
「今、何をしていますか」「元気ですか、食事はどうしていますか」
「今、冬ですから寒いでしょう?」
私は故郷に帰りたいですが、帰れないので家がとても恋しいです。
故郷の家が壊されているのかどうか、状況を知りたいです。
かっては、賑やかで美しい村が恋しいです。家族の悪い状況が終わって、自分の家に帰り、のんびりと休みたいです。家族に会いたいです。もし、いつか自分たちの家に帰ったら、家族と美味しいものを食べたり、おしゃべりをしたいです。家族と一緒に楽しく温かく過ごしたいです。
今の状況が早く終わるように願います。 (20代、女性)

*注)「私の故郷」の作文の中で、
「歌が禁止になった」というのは「政治的な歌は禁止になった」の意味だと思われます。(谷口)

                                       以上

*この投稿を読まれて、感想文が来てますので、ご紹介致します。
お忙しい中で谷口さんの紀行文をUPしていただき、ありがとうございました。写真で見ると、学生たちは明るい顔をしていますが、作文を拝見すると皆さんが大変なご苦労をされていることがわかります。家族のところに行く事も出来ない、家がまだあるのか、家族は無事なのかさえも不明、ということは大変な心痛と感じます。皆さんが無事に日本にきて、生活が安定して、家族に仕送りをして家族が平穏に暮らせることを祈るばかりです。どうもありがとうございました。(宮田敬生)

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スペイン語プチ留学inバレンシア

投稿(文、写真) 小島裕子   HP編集 中村一彦

(スペイン語を現地で勉強してみたいなぁ)との思いが高じ、10月24日から12月6日までの約1ヶ月半、スペインのバレンシアに滞在し、スペイン語の語学学校に通う傍ら現地の生活を楽しみました。
ネットで語学学校の手続きしアパートを探し航空券を予約して、さあ出発!
今回バレンシアを選んだ理由はスペインにしては比較的安全な都市で地中海に面し気候が温暖、食べ物が美味しい、などが主な理由でした。

【バレンシアの街】

バレンシアの観光場所はほとんど徒歩圏内。美しい建築物を眺めながら散策し、美術館を巡り、ヨーロッパ最大級の規模を誇るバレンシア中央市場でスペインの食材の豊富さに目を見張り、レトロな切符売り場のある駅(タイルが敷き詰められた天井は一見の価値あり)に寄り旅人たちを眺める。カーブが美しい闘牛場で美しいマタドールの姿を想像し、海に足を延ばして潮風に吹かれ、カフェでくつろぎバルやレストランで美食に舌鼓を打ちワインに酔いしれ・・・・・・

市内の美しい街並み
闘牛場。今はお祭りの時だけ開催
バレンシア美術館
地中海に面した長く続く浜辺

バレンシアはスペイン第三の都市。比較的治安が良く、人々はとても親切。街にはオレンジの並木道があちらこちらにあり、路地に入ると下町のような雰囲気が感じられます。マドリードから引っ越してきた語学学校の先生は「この街の住人はお喋りとおせっかいが過ぎるんだよね」と言っていましたが、確かにバスの中は賑やかで、私も隣り合った地元の(年配の)人によく話しかけられました。みんな私のスペイン語力などお構いなしでペラペラ一方的に喋っていましたが、なんだか楽しく愉快な時間でした。

夕暮れ時の街、とても美しい!
ストリートミュージシャン

語学学校
語学学校は街の中心にある歴史ある建物。建物の内部は古い壁の一部を残しつつとてもモダンな造りになっていました。

学校の外観
学校のエントランス

スペインに行く前に学校から送られてきたペーパー試験は受けていたので、初日はレベルチェックのための面接を受け、すぐに私のレベルに適したクラスを指示されました。
私は午後1時から6時までの3クラスのコースを選びました。1時間のプライベートレッスンと1時間40分の授業が2コマ。

私のクラスはヨーロッパの学生4人、アジアが3人でした。驚いたのは誰も辞書らしきものを持って来ていない。スマホでピッピと調べている。今ってそうなの・・?ちょっと浦島太郎気分でした。どのクラスも学生は7~8人とアットホームな雰囲気で、先生たちの教え方も熱心で丁寧で、学生一人一人に目を配ってくれていることが分かりました。

プライベートレッスンでは先生が私に合ったプログラムを考えてくれ、一時間があっという間に過ぎてしまう楽しいレッスンでした。

先生たちと、     Dina
          Maria
          Erena
          Alberto

日々の生活

アパートは学校から徒歩5分のところにあり通学に便利でした。小さなベランダのついた住み心地の良いアパートで、時々大家さんが来て困っていることはないかと気にかけてくれました。

近くにバレンシア中央市場があったので食料はほぼそこで調達。新鮮な野菜や魚介類、豊富なお惣菜類、生ハムなどなど食材には困りませんでした。とにかく中が広くお店は300軒以上あるので、どこに何があるかを把握するだけでも時間がかかり、最初のころはよく迷いました。

居心地のよい部屋
ベランダでお茶を飲んだり勉強したり
バレンシア中央市場
市場の内部はとにかく広い!

授業は午後からだったので午前中を予習復習に充て、ランチは家の近所や学校の近くの居心地の良いカフェでとりました。行きつけのカフェが4軒でき、1軒のカフェのお姉さんとは特に親しくなり、私がスペイン語を間違えると明るく訂正してくれました。

クラスが終わると午後6時。家にまっすぐ帰りにくい時間です(笑)。クラスの仲間や学校で知り合った友達とはよくバルやレストランに行きスペイン料理やワインを楽しみました。不思議なもので、年齢は関係なく食いしん坊には食いしん坊が寄ってくるようです。みんなそれぞれお気に入りのお店があり、誘い合って食事を楽しみました。

バルにて、生ハムは最高!
アグアバレンシア、以外と強いカクテル
スイス人の友達の誕生日を和食のお店で祝う!
火鍋、アジアの仲間達と

12月に入ると街は一斉にクリスマス仕様に。12月1日には広場のクリスマスツリーの点灯式があり私もクラスの仲間と見に行きました。花火がバンバン上がり、そこに集まった人たちと共に『さあ、クリスマスシーズンの始まりだ!』という高揚感を味わいました。

広場の巨大なクリスマスツリー
クリスマスオブジェ
街はクリスマスムード全開
大家さんちのクリスマスパーティ-

帰国が近づくと、大家さんがお別れ会を兼ねたクリスマスパーティーに招待してくれ、学校の仲間もお別れ会を開いてくれました。

バレンシアでの一ヶ月半は「楽しい経験」としか言いようがなく、あっという間に過ぎてゆき、沢山の思い出を抱えて街に別れを告げました。

夕暮れのバレンシア空港から帰国の途に 
ありがとうバレンシア! さよならバレンシア、またね!